BCPとは、2001 年のニューヨークWTCテロを契機に、事前に自らの被災を前提として対応を準備しておく取り組みとして提起された「事業継続計画(民間)/業務継続計画(公共)」である。日本では新潟県中越沖地震(2007)を契機に民間企業が、そして東日本大震災を契機に国や地方公共団体が、自らの被災を踏まえた緊急時の対応力を向上して被災後の業務と機能を継続するBCPを策定し効果的に運用することの重要性が強く認識された。
当委員会では、下水道BCP<地震編>を、自治体BCPに先行して、新潟県中越沖地震を契機に「職員や関連業者等の被災を前提に、下水道機能の維持を図る取組み」や「トイレ以外の生活排水や雨水の処理機能の確保」を課題として2009 年に策定した。東日本大震災(2011)では津波が沿岸部の地方公共団体の中心市街地を襲い、下水道の基幹施設にも甚大な被害が発生したため、翌2012 年に下水道BCP<地震・津波編>として、「津波災害時にどのように下水道機能を回復し、地域の衛生環境を保持するか」という視点から大幅な加筆・改訂を行った。さらに震度7 が連続した熊本地震(2016)では、被災地を全国からの下水道技術者による支援がなされたものの、膨大な避難者が発生して避難所等での仮設トイレ対応や水洗トイレの早期復旧等下水道事業だけでは解決が難しい代替措置を含む対応が課題となり、下水道が果たすべき重要な機能である「公衆衛生の確保」の観点から、被災者の生活に不可欠な仮設トイレ等の課題にも下水道事業が対応する必要性が強く認識され、2017 年に下水道BCPの改訂を行った。
加えて、近年では、猛烈な豪雨や台風による大規模水害が多発し、平成30 年7 月豪雨(2018)や令和元年東日本台風(2019)では下水処理場等の下水道施設も被災し、市民生活に多大な影響を及ぼし、さらに、国内5 回目の最大震度7を記録した北海道胆振東部地震(2018)や令和元年房総半島台風(2019)では、ブラックアウトや送電施設の被災による広域長期停電が発生し、直接的な被害がなかった地域や施設においても、下水道機能維持のための非常用電源の燃料不足等、新たな課題を露呈した。このような新たな課題に対応するため、2019 年に下水道BCPマニュアルを改訂し、下水道施設の浸水被害や、電力、燃料等の長期的、広域的な供給停止に対する対応等を中心に内容の充実を図った。
他方、内閣府では令和2 年4 月に「大規模噴火時の広域降灰対策について-首都圏における降灰の影響と対策- ~富士山をモデルケースに~(報告)」をとりまとめ、降灰による下水道等ライフラインへの影響及び大規模噴火時の広域降灰対策の基本的な考えが示された。我が国には111の活火山があり、このうち49 火山では火山防災協議会が組織され、噴火に対する避難や登山者への対応等については進展がみられるものの、降灰対策についてインフラ・ライフライン等を管理する事業体においては、その対応や認知度も含めて高いレベルにあるとは言い難い。そのため、今般この点に着目し、現代においては誰も経験したことがないような降灰が下水道施設に与える影響を検討し、下水道管理者に対して降灰による災害は、火山近傍の自治体のみならず広域的に自然災害の一つとして発生し得ることを認識してその対応を検討することとした。加えて、2019年の下水道BCP策定マニュアル改訂以降においても依然として憂慮される水害等により、下水道施設が被災する事案が継続して発生していることを踏まえ、下水道BCPマニュアルを改訂し、自然災害全般に対応した内容へと充実を図った。
この「下水道BCP策定マニュアル2022 年版(自然災害編)」は、既往の震災・津波、風水害・土砂災害の経験と教訓の共有、現代人が誰も経験したことがないような大規模な噴火による降灰についても想定するとともに、災害が激化しているにもかかわらず下水道BCPの見直しが遅れがちである中小の地方公共団体が、「最低限、準備しておくもの」、さらに「下水道機能の継続と早期回復のための優先業務」、そして「どのように取りかかるか」という視点から、実効性の高い「下水道BCP」へと改善するために、必要となる事項について、参考事例とともに整理したものである。
特に東日本大震災以降は、多くの地方公共団体が包括的な災害時相互支援協定を締結しているが、下水道事業をとりまく環境(人員・人材の制約)を考えると、下水道事業としての支援体制・受援体制の事前構築は重要かつ緊急の課題であり、庁内においても他の街路・河川・上水道・環境部局等の事業との協力や調整は不可欠である。こうした災害対応業務の資源や体制の問題は、本質的に全行政部局に共通するもので、地方公共団体全体としての自治体BCPの課題でもある。
本マニュアルが、全庁で取り組む自治体BCP策定と連携して、さらに実行性の高い下水道BCPへの改訂が推進されることを期待している。
また、現状では、ほぼすべての地方公共団体が下水道BCPを策定しているが、多発する自然災害対応の教訓や事例をふまえて、改訂された本マニュアルを参考に、下水道BCPの見直しに取り組んでいただきたい。「最低限の簡易な下水道BCP」を策定している地方公共団体では、「必要な事項を網羅した下水道BCP」に、必要な改善を行っていただくとともに、訓練を踏まえてPDCAによる継続的な下水道BCPの見直しを進め、「実践的で実効的な下水道BCP」への不断の改善を期待している。
なお、この「下水道BCP策定マニュアル2022 年版(自然災害編)」への改訂にあたっては、火山の噴火が日常となっている鹿児島市、富士山の噴火時にはその降灰の影響を最も受けると考えられる東京都、川崎市に、また、令和元年東日本台風や令和2 年7 月豪雨による被災経験から貴重な知見を有する長野県、熊本県から貴重な資料・知見等のご提供やご助言をいただきました。
関係者の皆さまに、心より感謝申し上げます。
https://www.mlit.go.jp/mizukokudo/sewerage/mizukokudo_sewerage_tk_000793.html